患う。







　流河はしぱしぱと目を瞬きながら例の座り方で席についた。
「おはよう、流河。」
「おはようございます…」

「眠そうだね。」
　何せ、昨夜は緊急の会議があったんだろう？

　調子の悪そうな流河に　僕は何気なく、判りきっていることを訊いてみる。
「キラ事件？」
「はい、まあ。」
「大変だなあ。」
　僕はいかにも同情してる、といった表情を作った。
　
　内心は大笑いだ。
　昨日は二時間おきに一人ずつ死刑囚を殺した。
　勿論、その行動には何の意味もメッセージも込めていない。
　ランダムな動きの中に時折こうして整合性のある行動を取ることによって捜査を撹乱させるのが狙いだ。
　そして僕が気まぐれにこうした事件を起こす度、Lをはじめとする捜査本部が　時には徹夜で対キラ会議を開く。　
　
　父には気の毒だが、僕が快い休息をとっている間、　L…流河のやつがああでもないこうでもないと
　無意味な行動に的外れな意味を付与しているであろうことを考えると　まったく　楽しくてしょうがない。

　勿論、嫌がらせのためにやってるわけじゃない。純粋に目的があっての行為だ。

『大変だなあ…』
　と、一部始終を知っていて僕の真似をする死神。
　リューク、それ　ちょっと本気で同情してるだろう？

　と、死神にも見紛う血色の悪い顔に　べっとりと黒いクマに縁取られた瞳をこちらに向けて、流河は言った。
　何でもないことだ、とでも言うように。

「キラに関わることですから。」

「ああ、そう…」
　キラに関わることのためなら徹夜なんて何でもないって？
　さすがだね流河。寝ても覚めてもキラばかり、ってわけか。いや、脱帽だよ。偉いえらい。でもそれってさ、まるで…

「キラに恋してるみたいだね。」
「そうとも言えますね。」

　…言うんじゃなかった…
　僕は自分の言ったことの不気味さに吐き気を覚えながら言った。

「色気無いね。せっかく恋するなら、現実の美女とかさ…」
「毒殺犯の多くは女性だそうです。」

　何故いきなり毒殺犯のことを言い出したのか皆目検討もつかず、僕は流河を見た。

「女性は、体格や体力の点で　自分の手で直接的に殺すということが難しい。
　また、男性と異なり　血を見たりなどの生々しさを嫌う。
　…結果的に、毒殺を選ぶというわけです。楽ですからね。」

「キラが毒殺犯だと？」
「いいえ。しかし、似ています。自分の手を汚さずに相手を殺すという点において。」

「なるほどね。でもそれだけで女性、と決めるのはどうだろうな。
　誰だって特に理由が無ければ楽な方法を選ぶんじゃないの？」

「私はキラが女性であるとは言ってませんよ」
「発言内容に齟齬をきたしているよ、流河」
「キラの犯行に女性的な部分がある、と言っただけです」

「…女々しいってこと？」
「そうとも言えますね」

　…この野郎。

　僕は内心の怒りをおくびにも出さずに流河に同調してみせた。

「なるほど。キラ女説か、それって素敵だね。こういうのは大抵美人と相場が決まってる。
　世界的名探偵Lと謎の美女キラ。まるきりハードボイルド小説の世界だね。」

「稀代の毒殺犯にはどういうわけか　美人が多いらしいですしねえ。」

　ボルジア家のルクレツィア、ブランヴィリエ伯爵夫人、マーサ・マレク…
　指折り数え始めた奴を横目に、僕は寒気を覚えるのを禁じえなかった。

「なあ…」
「何ですか夜神くん」
「なんでそんなに…愉しそうなんだ？」
「言ったでしょう」

　流河はうっとりと言った。

「恋してるんですよ。」









「寝不足でおかしくなってんだろ。」
　僕は素っ気無く呟いた。


　　奇妙な寒気は、まだ　消えない。











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　ボルジアは中世イタリアで毒薬を使ってのし上がったと言われてます。
　ブランヴィリエ伯爵夫人はフランスの愉快殺人犯の典型、マーサ・マレクはタリウムで連続保険金殺人を犯したイギリスの美女。

　・・・月も美人ですしね！