昼下がりの路地は、人影もなく。
森の王
ビルとビルの間隙を縫う細い路には、車も人も分け入っては来ない。
静まりかえる辺りに、さながら深い森に迷いこんだような錯覚を覚える。
実際、ぼくらは迷っていた。
大学からLの 巣 (そのホテルはまさしく豪奢な鳥籠という形容にふさわしい空虚な建物だった、)まで
「たまには徒歩で行きましょう」というLの言葉、
さも知った風に歩き出すLの後について裏路地に分け入ったのが間違いだった。
今思えばLは常にぼくのミスを誘っていたのだ、ひとときでも心を許すべきではなかったのだ。
何食わぬ顔で前を歩いていた男はしかし、唐突にしゃがみこんだ。
「疲れました」
冗談じゃない、疲れたのはこっちだ…と、残り少ない忍耐をふり搾りながらぼくはLにほほえもうとしたが、うまくいかなかった。
口を開いたら喚いてしまいそうだった、
―お前、お前、お前、お前のせいだ!なにもかも全てお前が悪いんだ!
誇りも恥も外聞もなくそう叫べたらどんなに楽になるだろうか…
ソンナコト デキルワケ ナイ。
腹立たしい思いで無言のまま腕を引き起こそうとすると、逆に強い力でぐいと引っ張られた。
バランスを崩しLの上に倒れこんだぼくの耳元で、笑いを含んだ声が聞こえた
「少し休んだ方がいいですよ」
ふざけるな、誰が…言いつのるぼくの視界を、静かにLのてのひらが覆った。
「あなたは疲れているんです」
「ぼくは疲れている」
機械的に繰りかえした途端、言葉がぼくの全てを捉えた。体の力が抜けて行く。
深い疲労感に何もかもどうでもいいような気がして、ぼくはそのまま、Lのとなり、アスファルトの歩道に寝転がった。
銀色に光るビルが天を衝くようにそびえ立ち、空をいびつに切り取っている……
不意に、世界で最も有名な本の一節が口を突いて出た。
「わざわいなるかなバビロン、罪深き滅びの街」
ぼくの声に、
「罪深き森の主、ネムスの王」
Lがこたえる。
その瞬間、ぼくらはあまりにも近すぎた。
*
Lが死に、主を失ったオフィスは森閑として まるであの日の路地のようだ。
ローマ時代、ネムスの神殿を司る神官=森の王は罪人だったという。
前の王を殺した者だけが、その罪を許され新たな祭司者となる……
そうだねぼくは君を殺し、世界を主宰する役割を君から奪った。
ぼくらはあまりにも近づきすぎた、お互いにお互いを喰らいあわずにいられぬほどに。
それでも、
あのとき、君の手が
冷たいてのひらがぼくの瞼を覆った、まるで赦しの御手のように。
ぼくはあのとき、いつかぼくを殺し 新たに世界の祭司者に成り代わる者が現われるとしても、
それでもいいとすら思ったんだよ。
……ぼくが君を殺したように、ぼくも誰かに殺されればいいとすら。
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「罰を身に負うことが神的なのではない。罪科を身に負うことこそ、まさしく神的である」 byニーチェ。
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