忘却を抱いて眠れ
いっとき、ぼくらの間でLの名は誰もが口にするのをためらうタブーのようなものだった。
でもそれはあくまでいっときのことで、やがて皆はおそるおそる、彼のことを語りだした。
彼を悼むための花、彼が好きだった甘い菓子…そんなものを持ち寄りながら、彼についての思い出を語り合った。
そうやって皆、彼のことを『忘れる』ための儀式を着々と進めてゆく。
仕様が無い、だって忘れなければ生きていけない。彼らは弱いから。
かくして忘却の正当化が行われ、遠からず皆彼を忘れ果ててしまうだろう、そのときは来るだろう。
だから、まだ少し後ろめたさを感じているような 彼ら に向かい、ぼくは笑ってみせる。
忘れてしまえ、一切を。彼の死を。その犠牲を。
必要なのはこれからであってこれまでではない の だ と。
そうして促し、ささやき、皆彼のことを忘れ果てたとしても、ぼくだけは覚えている。この先一生、気の遠くなるような年月、ぼくだけは覚えている。
ぼくだけは。
***
それでもたぶんぼくは狂気に陥ることはできそうにないと見切りをつけたので 正気のまま生きていくしかないのだろう。
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