―もしも 月が生きたままニアに捕まっていたら?








                〜ショクザイカエン に ニワシ は マドロ む〜









 その「庭」は孤児院の裏にひっそりとあった。




 「ここからは、わたし独りで行きます」


 ためらうロジャーに構わず生体認証を済ませると、わたしは「庭」に足を踏み入れた。


 防弾・強化ガラスの高層壁に無線電波妨害(ジャミング)、二十四時間体制の監視カメラと赤外線装置、レーザー銃に生体認証…
 ありとあらゆる手段を以って、この庭は外部世界から完全に隔絶されている。

 このガラスの檻は、ただひとりの犯罪者のために先代のLが考案したものだった。
 温度・湿度・排気に及ぶ空調の完全管理から内装に至るまで気遣われた居住空間、
 それらをぐるりと囲むように作られた広大な庭園と最新機器を導入したセキュリティ…
 この「庭」は、この世で最も美しくまた快適な監獄だと言えよう。


 わたしには、獲物を生け捕りにした後 剥製にして眺め回すような趣向は無かったが、
 ともかくも先代のLの遺志に従い 彼を「死ぬまで閉じ込めておく」には格好の場所だと言えた。


 内部は柔らかな冬の日差しに満ちていた。
 四季咲きの薔薇がやわらかな色をたたえる中、目当ての人物を見つけ私は表情を厳しくした。

 何度会っても彼のことは好きになれない。




「今ちょうど竜崎とお茶を飲んでいたんだ」




 そう微笑む青年の前には誰も居なかったが、白いテーブルの上の茶器は確かに二組用意されていた。
 知らず、私は軽いめまいを覚える。

 もうずっと、キラがLのことを竜崎と呼んでいるのは知っていた。
 二人の間にどんなやりとりがあったのか私は知らない、ただやりとりの全てが自分抜きで行われたことに腹が立つ。
 わたしはLのことを尊敬はしていたが好きにはなれなかった、そんな感情を抱けるような存在ではなかった。
 ましてこうして親しげに呼び掛けることなど。



「《竜崎》なんてはじめから居ません」

 わたしはそっけない声音でキラの言葉を拒絶した。

「先代の《L》なら疾うに死にました。狂ったふりをしても無駄です」
「ふりじゃないよ」

 青年は微笑んだ、弟をたしなめる兄のように。





「ぼくは狂ってるんだ、知らなかった?」





 わたしは言うべき言葉を失い立ち尽くした。
 
 暖かな湯気をたてるお茶 すら わたしを 眩惑させる…。


「………そんな回りくどいことを しなくても、」


 わたしはゆっくりと言葉を引き出した。


「ここから逃げたいなら逃げればいい」




     その方法はひとつだけ、
     お前が逃げられるのはひとつだけ、
     死がお前を訪れたときだけ。





 しかしキラは微笑むばかり。


「そんなことしないって分かってて言うんだな」


 行こうか、とキラは立ち上がり、庭の「奥」へと歩き出した。







 この庭はぐるりと居住空間を取り囲み、言わば 円環 を成している。
 円周の上に始まりや終わりを求められないように この庭に 手前 や 奥 といった概念は存在しない。
 それでも南側、一年中薔薇の咲き誇る日当たりの一番良い場所を、彼は「奥」…護られるべき神聖な場所…と、呼んだ。


 すなわちそれは文字通り「奥つ城」 …  つ の 墓 のある場所。


 棘に構わず無造作に薔薇を折り取りながらキラは墓前に花を供える、

「これはワタリさんに」 
「これはメロに」 
「…そしてこれは、」 


 崎に。


 光の中、歌うように呟く彼はそのまま透き通ってしまいそうなほど儚げに見える。


 かつて多くの命を奪ったその手でいともやさしく花を育てるお前、
 かつての敵を悼みその墓を守るお前、
 罪をそして罰をあまさず見つめるお前…




そんなの嘘だこれは幻影だこの男は巨悪にして大犯罪人ゆるしがたき殺人者世界中の誰がゆるしてもわたしはわたしだけはこの男をゆるすことなく憐れむことなくただひたすらに 視 つづけなければならない…




「これは、ニアに」

 不意に、目の前に差し出された薔薇に わたしは動揺した、
 薔薇の棘は全て注意深く除かれ その 頼りない茎に流れる 一筋の 








 薔薇が血を流すわけはない、




 キラ だった、自らの手を傷つけ その血を流しつつ、彼は棘を除いてくれていたのだ。


「…ぁりがとうございます」


 声が震えた、
 キラが薔薇を渡すその手でわたしの手を握ったからだった、
 傷ついて熱を持ち 火のように熱い てのひら。
 ニア、と その    は囁いた。



「…頼みがあるんだ」



 薔薇が、私とキラの間で、鮮やかに香った。













 わたしはそれ以来久しくその庭を訪れることは無かったが、
 多忙な日々の合間にも、
 時が永遠に停止したようなあの庭で、今この瞬間にも彼が花を育て墓を守っているのだ
 と 思うと、不思議と心が安らいだ。




 彼の訃報に接したのは、それから一年ほど経ってからのことだ。
 わたしはその報せを受け取ると、直ちにジェバンニに言いつけて キラの「頼み」を実行した。


 それからわたしが再び庭を訪れることができたのは、彼の死から更に半年ばかり経った頃だった。
 主を失った庭は荒れかけていたが、それでもまだ辛うじて遺された花々が咲き匂っていた。




 彼の「頼み」…最後の願いは、「庭」の片隅に埋められること だった。
 死してなお 花を育て 墓を守るため、
 かつて自分が殺した者の傍でねむることを、

 彼は、願ったのだった。



 「庭」を歩き回ってみたが キラがどこに埋められたのかは分からなかった、
 そのように頼まれたし そのように指示した、それでもわたしは彼の痕跡を探して「庭」を歩いた、
 歩いてそして…、

 そして

 四季咲きの薔薇がやわらかな色をたたえる中、わたしは 独り だった。




 もうこの「庭」に来ることも無いのだろう、
 花は枯れ そしてまた咲くのだろう、
 それら やりとりの全てがまた自分抜きで行なわれるのだろう。






                      …みんな わたしを置いていくんですね。

















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 以前日記でも書いた、ニアの夢より。
 さしずめ 「君に花を」 ruyバージョン、ってことで Left&right のノミさんに捧げます。

 *恐れ多くもノミ画伯に挿絵を描いていただいたので飾ってしまいますvv
  うぎゃあああ美しいい!ノミさん有難う…!




















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