東 応 大 学 夢 物 語 2
昼なお暗い部屋の中。
ろうそくの炎が怪しく照らし出す黒装束と魔方陣。
……その日あたしがミステリー研究会・略して「ミス研」の部室を訪れると、中では黒魔術の儀式が行なわれていた。
「……かいちょお……?」
おそるおそる覗き込むんだあたしの頭に、ばさり!といきなり何かが被せられる。
「きゃ…!」
被せられた何かに視界が塞がれ、あたしは叫んだ。
「ちょ……何ですかコレ!会長……、」
答えの代わりに返ってきたのは、
「エロイムエッサイムエロイムエッサイム、我は求め訴えたり!」
という呪文だった。
「ぎゃあああ助けてえええええ!!!」
今度こそ本気の悲鳴に ぱっ、と電気が点けられた。
「……ちょっと何よ大げさねえ、まだ何も起こってないわよ」
そこに居たのはやはり会長だった。
黒いフードをずりさげ、やれやれとため息をつく会長に安心したやら腹が立つやらで、あたしは抗議した。
「何のつもりですか一体!?」
「だいじょぶだいじょぶ、ちょっと悪魔を呼び出してるだけだから」
「むしろあなたの頭がだいじょぶですかーーー!!!」
「……失敬ねえ。ちゃんと計算あっての実験よ」
会長は不満そうに言った。
「世は折りしもオカルト、スピリチュアルブーム。
悪魔払い・幽霊退治ができればわが会の名はさらに高まる!
これはそう、あらゆる謎に対処するための修行なの!!」
「だからって何もあたしを使わないでください」
「あら☆だって」
にこにこしながら、ミス研の副会長が付け加える。
「さん、素質あるんでしょ☆」
……確かにあたしは霊感の鋭い方だ。
「あたしは不思議探知機じゃありません!!!!」
「同じ同じ」
「ですよねえ☆」
「大体このお面は何ですか!?」
……あたしは黒フードに顔をすっぽり覆うタイプの 馬 の 仮 面 まで着けさせられていたのだ。
「え?そりゃあまあほら生贄は山羊と相場が決まってるけど、山羊が無かったからしかたなく馬に……」
うんうんとうなずく会長に、副会長はピースサインを出した。
「ちなみに百円ショップで買ってきました☆」
「イケニエって何ですかあああ」
「あ☆」
「待ってちゃん!!」
……あたしは半泣でその場を走り去った。
*
……三十分後、あたしは憂鬱な顔で、キャンパス内の目立たぬ一角に座り込んでいた。
黒装束に馬頭のままサークル室を駆け出してしまったあたしは部室に戻るに戻れず、
ひとまずキャンパスの目立たぬ茂みに隠れることにしたのだ。
「ったくもう……ろくなことやらないんだから……何が悪魔よ、会長ってば……」
『同じ謎なら、今話題のキラ事件に取り組みましょうよ』
と 提案しても、
『そんなリスク高い上に一文の得にもならないことはわが会の主義に反する!!』
……あっさり一蹴。
「主義もなにも、やってるのは金儲けじゃないの。
あーあ、何でこんなサークルに入っちゃったんだろ……」
新入生歓迎会でお茶をごちそうしてくれるというので着いて行ったミステリ研究会。
部室には怪しげな煙りが焚かれ、気がついたら入部させられていた(←会長のマジカルなハーブ*ドリー夢1参照)。
……人が良いだけがとりえのあたしにとっては、正直、何かと刺激の強いサークルである。
「この前は憧れの夜神くんに関するおかしなウワサをふりまいてたし……」
そういえば、得体の知れない出所不明金で、部室もいきなり立派になった。
……最近はつくづく、この組織の合法性を疑うばかりだ。
「……会長、何か犯罪やらかしてなきゃいいけど……」
会長の理不尽さに加え、副会長のとらえどころのなさも不気味だ。
害の無さそうな顔をして、いつのまにか会長の悪巧みに加担しているところなど一筋縄ではいかない。
「うん決めた!!」
あたしは大きくうなずいた。
「やめる!今日こそやめてやる!・・・・ッ」
……と、叫んだ途端、何かがごつんと頭に当たった。
「痛い!」
ころころん……
転がったのは、真っ赤な林檎。
「……林檎が降ってきた」
美味しそうにつやつやした新鮮な林檎を片手にきょろきょろ辺りを見回すと、
未練気に指をくわえる恐ろしい顔と眼が合った。
『……おれの林檎……』
……本物出ちゃった!!!!
「あ 悪魔ああああああ!?!」
叫ぶあたしに、悪魔さんは首をかしげた。
『……ん?お前、俺が見えるのか??』
*
「……でね、会長ってばひどいんですよお、
人遣いは荒いしお金のことしか考えてないし、もうひとりの先輩は何考えてるかわからないし……」
……五分と経たず、あたしはすっかり降ってわいてきた『悪魔』と打ち解けていた。
カオは怖いけど、食い意地が張っていて何だか親しみやすいヒトだ(悪魔だけど)。
普段サークルで個性の強い人ばかり見てるから、和むなあ……
『あーわかるわかる』
悪魔さんはしみじみとうなずいた。
『俺の憑り付き先もなあ、
死神遣いは荒いし正義のことしか考えてないし、もうひとりの人間(L)も何考えてるかよくわからないし……』
「誰のおかげであの崩壊寸前の会計がやりくりできてると思ってるんですかもう!」
『そうだ!誰がノートをやったと思ってるんだ月のやつ!』
「へえ?」
そのとき、後ろの茂みから、すずやかな声がした。
「リューク、居ないと思ったらこんなところで何…を……」
声の主が固まる。
振り向いたあたしもフリーズした。
あ。
『あ』
悪魔さんが間抜けに呟いたけれど、あたしはそれどころではなかった、
あれは、
あれはあの、学年一の秀才にして美形とウワサの高い……
(憧れの…)
「や……夜神くん!!」
叫んでから、気づいた。
自分がまだ、黒装束と馬の仮面を外していなかったことを。
……突然馬頭の人間に名前を呼ばれた夜神くんは、あからさまにヒきながら訊ねた。
(視線を逸らしながら)「……えーーーーと……どちらさまで?」
「あ、怪しいものじゃないんです!!」
しまった、これじゃますます怪しい。
夜神くんの視線が宙に浮いた。
見てはいけないものを見たような、そんな微妙な表情にあたしは焦った。
「これは……この格好は違うんです!あの!サークルの余興というか……」
「サークル……ああ、この大学の人?」
夜神くんがほっとしたように呟いたとき、
悪魔さんが林檎をかじりながら言った。
『なあおい月、こいつ俺の姿が見えるんだってー』
「!!」
夜神くんの表情がみるみる険しくなる。
何のことか判らないけど、悪魔さんと夜神くんは知り合いのようだ。
……と・いうことは……
「……もしかして夜神くんも、悪魔さんが見えるんですか!?」
〜〜〜
(……おいどういうことだリューク!?)
(さあ〜??特異体質???)
〜〜〜
……夜神くんの氷点下の視線に、悪魔さんがおろおろしている。
すごいなあ夜神くんは、悪魔さんより強いんだなあ。
……と 思いながら見つめていると、夜神くんはあたしの視線に気づいてすかさず微笑んだ。
うわあどうしよう!あの夜神くんがvvv(興奮)
「……で、君にはその、『悪魔』は見えているの?」
穏やかに問う夜神くんに、あたしはどきどきしながら答える。
「あ、あのうあたし、少しそういうの見えたりするんです」
夜神くんは怪訝そうな顔をした。
「つまりそのう、超常現象って言うか、霊とかそうゆうのが……へ・変ですよね」
あたしは笑ったが、心の中では泣きそうだった。
これで夜神くんに、決定的に変な女だと思われてしまったに違いない。
〜〜〜 月の思考
(リュークが見える人間?
居るはずの無いものが見えるということは、在るはずの無いノートの存在に結びつく……
この女(……だよな多分、)は危険だ……
ぼくは身辺を脅かすいかなる要素も排除しなければならない……
……まずあの仮面だ!!!)
〜〜〜
泣きそうなあたしに比べ、夜神くんは数秒の間にめまぐるしく表情を変えた。
思案気な顔から不敵な笑みまで、ああ、やっぱりかっこいいなあ……vと思ってあたしは見とれる。
と、夜神くんは突然大声で語り始めた。
「あ〜〜〜 暑いなあ!」
何だろういきなり。今日はそんなに暑いというわけでもないけれど……
夜神くんは細いので、暑さもこたえるのだろうか?
「今日は蒸すよねえ。うん。蒸し暑い!
……君、その仮面、取ったら?」
「あ……」
そういえば、まだ仮面を被ったままだ。
素直に仮面に手をかけて あたしは う! と動きを止めた。
正直言って、仮面がうっとおしい事は確かだ。
しかしこれを取ってしまったら、髪の毛はぐちゃぐちゃ、化粧はどろどろの素顔をさらすことになる。
仮にも憧れの人に、そんなみっともない姿を第一印象として植えつけてよいのだろうか?
しかも「仮面を被っていた霊感のある変な女」という最悪の印象を。
……それはそれなりにインパクトある出会いになるだろうが、ゼロどころかマイナスからのスタートではないか??
ならばいっそ、「通りすがりの馬的な人」として夜神くんの記憶の彼方に埋没してしまった方がマシかもしれない……
……あたしの乙女心は、常識に打ち勝った。
「あの、いえ、大丈夫です!」
「でも・・・・苦しそうだけど?」
「いえ全然平気です!むしろあたしこの仮面取ると息できないんです!」
「酸素吸入マスクかよ!?」
夜神くんはほれぼれするようなツッこみを見せた。
……ノリのいい夜神くんもステキv
と 思ったのもつかの間、夜神くんはにわかにかなしそうな顔をしてみせた。
「せっかくこうして君と出会えたのに、顔も名前も知らないままで別れるなんて残念だな」
「でも……、」
「何だか君とは初めて会った気がしないんだ。ねえ、今度また改めてお茶でもしないかい?」
ああ。
全校女子の憧れの夜神くんからこんな言葉をかけてもらえるなんて。
でも……でもダメよ!
だって今のあたしは 馬 なんですもの……!!
「ダメです……!」
あたしの思いつめた声に、夜神くんも必死に追いすがった。
「何故だい!!??ぼくは君の素顔が見たい!!!」
……夜神くんのパッション溢れる叫びに負けじとあたしも叫んだ、
「実はあたし、幼い頃に馬刺しを食べ過ぎたせいで馬の呪いがかかってるんです!!!
だからこのお面を被っていないと息ができなくて、それで取れないんです!!」
だから……さよなら……!
それだけ言うとあたしはくるりと踵を返し、その場を去った。
ああ、今のあたしはまるでドラマのヒロインのよう……!
「あっ!ちょと、ま……!」
*
「…………ハアハア……なんて足が速いんだあの女……」
「馬なのは見かけだけじゃないってことだな」
「このぼくがまさか馬面の女に振られるなんて………くそっ やられた!!!」
「うんあのな、月、お前、アホみたいだったぞ」
「…………………………………………当分林檎はナシだリューク」(にっこり)
「!!!」
*
……その後しばらく、キャンパス内で馬頭の女を探す夜神月の姿が見られたという。
そしてあたしはと言うと……
「ナウマクサンマンダー!オンアビラウンケンソワカ!」
「会長ォ〜〜!いいかげん陰陽師ごっこやめましょうよォ!
呼んじゃうから本当に!!出てきちゃうから!!!」
「いいから!今いいとこだから!!」
「頑張ってちゃん☆」
……やっぱり、ミス研のオモチャを当分脱せそうにないのだった……
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……恋の形見は馬のお面。グッバイマイラブ・フォエバー。
さあて今度こそちょっとはドリームになったかな!?
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