の生活        22:00〜











「お待たせ、ミサ……、あれ」


 月がほかほかの夕食をお膳に盛って運んでくると、
 ミサはテレビをつけっぱなしのまま ソファの上で寝入ってしまっていた。


   「おー、月ー」

   「ミサさん、寝ちゃってますが」

「しょうがないな……」

 月は苦笑してお膳を傍らに置くと、大きめのブランケットですっぽりとミサをくるむように包んでやった。


    「昨日も一昨日もソファでうたたねしてたぞ……」
    「よく風邪引きませんねえ。
何とかは風邪引かないってやつでしょうか・」


「……毎日、仕事を頑張ってるみたいだからね。
 シャワーは浴びたみたいだし、そっとしといてやろうか」


 さ、おまえたちも出て出て・と、幽霊と死神を促すと、月は居間の電気を消す。


「おやすみ、ミサ」


 ぱたん と 居間の戸が閉じられた。




      ……Good Night, Good Sleep.










 ……よく晴れた夜空に、丸い月が架かっている。
 カーテンの隙間から零れた月光が、健やかな寝息を立てて眠る月の端正な顔を浮かび上がらせていた。


 長いことベッドの傍らに佇んでいた竜崎は、思い切ったように月に向かって手を伸ばし……
 細い白い首筋に指先が触れるか触れないか というところで、その手を翻すと 月の部屋をするりと抜け出した。


「……!」

 刺すような月光に目をすがめたがそれも一瞬のこと、竜崎は空に向かって飛び立とうと身構えた。




「おい」




 ……不意に背後から声をかけられ、竜崎は振り向かずに 言った。

「何ですか死神」
「どこへ行くんだ?」

 竜崎はあやふやに首をかしげた。

「さあ?それはまさにわたしがあなたに問いたいことですね、死神」
「……ヒトはふつー、死んだら、『無』になる。だがお前は違った」
「そう言われましても」

 竜崎は ふ と笑った。


「わたしにもわたしの存在がどういうものかよくわかっていないのですから答えようがありませんね。
 ただ、よく言われるように
 人間の死に 『肉体の死』 と 『魂の死』 のふたつがあるとすれば、
 わたしの場合はたまたまそれが段階を追ってきたのかもしれません」



「……じゃ、本格的に、
ぬのか」
「ええまあ。多分。その時は近いでしょうね」




 そこで初めて、竜崎はまっすぐにリュークをみた。
 闇のように黒い瞳に、どこまでもうつくしい 月 が 浮んでいた。


「どのみちずっとこのままでいられるわけはないんです。
 わたしもあなたも、……月くんも……

 ・・…………だからこそ、今、わたしはもうひとつの死を追加したい」


「もうひとつ?」


「『忘れ去られることによる死』」



     かつてわたしたちはお互いを傷つけあった
     そしてまた近い未来 わたしたちは再び戦わなければならないだろう、その時が来るだろう
     彼が彼で在り続けること、それをわたしは止められない (止めるつもりも無い)、
     ……そしてわたしがわたしで在ることをやめることができないのなら。


「今なら日々に紛れることができる、他愛ない夢や幻想の一部になることができる。
 わたしは彼に忘れ去られたいのです」





 永い沈黙の後、死神は呟いた。

「……月が、お前が傍に居ることを喜んでいても?」

 竜崎は微笑した。


「死神に慰められるとは思いませんでした。
 でも、そうですね。たぶん。
 最後まで月くんの傍に居るのはあなたでしょうから、よろしくお願いします」

「……俺は何もしない。ただ見てるだけだぞ」

「それでいいです。
 月くんがどんな最後を迎えたとしても、
 終わりまで傍に、居てあげてください



 ……わたしにはできなかったので、と 竜崎は呟いた。




 それでは、と竜崎は優雅に一礼すると、ふわりと満月に向かって飛んでいった。
 その姿がやがて月の中に溶け込むまで、リュークはずっと眺めていた。











         ……Good Night Good Sleep,
                And Good Dream My Child……


















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 月の光で世界が満たされる夜の、幽霊と死神の密談

 団地妻シリーズはこれでおしまいです。
 最後まで読んでくださった方、有難うございました!





























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